和歌と俳句

石田波郷

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

ふつふつと胸鳴る寒夜起き徹す

跫音高し青きジヤケツの看護婦は

寒林を三人行くは群るる如し

頂は見えぬ赤松冬日沁む

涙はふるままに冬日の未亡人

櫟原雪無き冬を了ふるらし

雪無くて過ぎぬ友亡き後の

林檎紅し妻は帰りて居ぬままに

牡蠣食へり重たき肩を起しては

磔刑の如書をの書見器に

外套を脱ぐ妻罪びと吾が仰ぐ

豆撒けば楽世家めく患者等よ

豆を撒く吾がこゑ闇へ伸びゆかす

曇天と古草の間屍行く

擔送車雪の廊下に夜明けをり

雪はしづかにゆたかにはやし屍室

赤き手を口に看護婦はげし

力なく降る雪なればなぐさまず

切株を包む古草雪はとべり

癒らざる方へ打臥す降り出す

雪消つつ木々の箴言めけるかな

雪後の木々楸邨は癒えて起きたらむ

雪後来し子の柔髪のかなしさよ

雪解くる道は療養所を出でゆく

小夜時雨病室の灯の端に降る

妻来たり外套の胸を開きつつ

弾み歩む冬の真闇の妻の肩

寒燈を左右へ離れて妻帰す

病廊覗く時雨の犬が足かけて

冬日低し鶏犬病者相群れて

糸長き蓑蟲安静時間過ぐ

落葉の嵩病室よりの楽遍し

肋切つてよりの白息の貧しさよ

足袋褪せてゆるし戦後の一病者

霜の花ひとたび猫に附きて消ゆ

師よりの金妻よりの金冬日満つ

ふむや空華は永の右横臥

枯るる榛これを再生の門として

病床を脱けゆきし者よクリスマス

息安く仰臥してをりクリスマス

贈られし金敷き臥すもクリスマス

歳晩の降りし電車の前を急ぐ

花八手乏しけれども二人子立つ

年逝く湯ゆたか創痕を沈めをり