和歌と俳句

大野林火

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

丈六の見下し給ふ甘茶佛

の庫裡白き襖に仕切られし

けふよりの素足にひびく初蛙

和服着てふところに呼ぶおぼろかな

死を打消し打消いのる暮春かなし

土匂ふ雨や八十八夜過ぎ

偕老の八十八夜の茶もともに

鯛豊漁といふ春星も殖ゆるべし

伊豆の宿波音に揺れ給ふ

流れゆく雛のあと椿流れゆく

鳥雲に適はずなりしひとり旅

蝶生れてすぐ太陽にまみれたる

早蕨のみどりを小蜘蛛走りけり

行く雁の曇り深めて消えしかな

草餅屋まんまんの川前にせり

華やぐや花のなき木は被て

光りあるかぎり落花のただよへる

日々水田殖えて霞の湖の国

山樵の休み小屋あり遅櫻

明日恃めなく花どきも過ぎんとす

死仕度子のことに尽く暮春かな

春愁の生きる力のまだ残るや

音楽ただよふ仰臥世界の春の昼

眠らなむ妻来るまでの麗日を

恩愛の花に囲まれ春眠す

十二階に来てつばくろの真かがやき