和歌と俳句

加藤楸邨

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寒卵赤絵の鶏がかなしみぬ

寒雷や今は亡き目を負ひて生く

マスク白くいくさに夫をとられきぬ

焼かれ追はれきて霜柱うつくしき

死にたしと言ひたりし手が刻む

襤褸市に寄らねば藷に近づけず

焦土より水ほとばしり冬満月

冬の雁焼土ばかり起伏せり

杭のごとく冬日の面に人立てり

掌をみつつさびしくなりぬ冬の雁

なほけぶる火鉢抱ききてすすめらる

牡蠣フライひとの別れに隣りたる

鶏肉に百目に足らず古書さむし

襟巻を売りをはるまで見てをりぬ

鋭声ふと引きこめて息白くはく

闇師等の汽車は銚子へ雲雀たつ

猫柳妻が近づく匂ひあり

ゆく雁の窓はどこまで飢餓の街

瞬きを冷笑としてマスクの目

土筆見て巡査かんがへ引返す

春寒の卓や一語に二語かへす

沈丁は咲きあふれをり米は来ず

目の前に薬缶鳴りいづ春の雁

人前に秘めし笑顔を蝌蚪の前

牡丹散るほとりに暮れてパン粉練り