日野草城
秋霖や家の鱗の黒瓦
柿十顆遠江より来たりける
早口の姪が呉れたる柿あまし
思はぬ訃聞く秋の渋舌の根に
栗飯や人の吉凶入りみだれ
健気なり稚木の柿も実をかかげ
歇む雨に秋日いきなり照りわたる
ひややかな空気が動く秋の暮
秋の暮そよがずなりし木の葉冷ゆ
螫しまとふ十月の蚊を憤る
枕辺へ秋の夕日の来る時刻
あるときは木犀の香をいとひけり
秋の薔薇ひとつ開きて含羞める
爽かやとろりとすするトマト汁
わがひとり見る後の月照りにけり
白く衣て白き蒲団に寝る夜寒
肌寒や貝にぎやかに蜆汁
露冷えの木の枝に絡む朝煙
秋昼夢淡くみじかく覚めにけり
昼の夢をはりてもなほ秋日和