和歌と俳句

中村汀女

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春水の水音ひとつ峡を行く

厨房の火の燃えつづけ帰る雁

人声をよろこぶものに深山蝶

はらはらと真昼の雨や佛生会

旅さびし汐満つ音と春の星

蜆汁はや子も揃ふことまれに

人の死の小さき活字春火鉢

囀りの高音高音にうながされ

ヒヤシンス犬聞いてゐしわかるらし

春水に抜羽浮羽や水禽舎

如月や蜆は濡れて店頭に

紅梅や人待てば長く夕映す

紅梅や風もまた定めなきままに

夕東風や買はねど町に櫻草

口あけて一声づつの仔猫泣く

朽葉色ひらひらと芭蕉林

軒の風ごうごうと花得たり

漕艇のきらと一文字八重櫻

春蘭や人去りぎはのさびしさに

りんりんと梅枝のべてかぜに耐ゆ

あたたかき夜やダイヤルにのぼす手も

まだよべの雨たつぷりと花豌豆

春の星夜に入る大き阿蘇の上に

少女等やいつもささやき櫻草

口笛のみな旧き歌花曇

金魚入れてすぐ 春昼の水平ら