和歌と俳句

下村槐太

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蔦の青ひとの思念を濡らすなり

蔦青くたのしきわが家チエホフ忌

炎昼や身ほとりの木はむらさきに

銃後炎熱茂吉の歌集購ひもどる

曾て見し海を忘れず松の木に

夏夜更かすわれは葡萄の木汝はその枝

一日こどもら青無花果を礫とし

浪繁き子のよろこびを岸辺にし

生命ふと惜しや朝日子暑き日の

雨ふるはさるすべりの木松浜忌

垣穂なる蜻蜒の歎き師の忌日

ひとの忌に蜻蜒はふえて雨零りぬ

百日紅釈迦の阿難のわれ彳つも

妻梅を干し松浜忌近きかな

夕顔に天の茅舎となりたまふ

夏死にて川端茅舎すがすがし

昼の月木槿にありて葬もどり

身一人の十七夜忌を月の前

わが子規忌いつもひとりや槻ちりぬ

路地路地に十三夜月みてもどる

十三夜月とおもへば籬も冷ゆ

ひと貧し路地の夕三日月金に

青写真わが子女の児なれども

菜圃冷ゆ月の河波繁ければ

竹柏林幾代神びぞしぐれつつ

来と工房の玻璃みな澄みぬ

行春や人に閻魔にうすほこり

草若葉翁に障子あけまつる

暮春かな生玉前の金魚みせ

春の鳥赤鉛筆のしん太し

妻あらぬ一日枇杷の古し

寒肥や磐余の道も軽の市も

磐余なるなぞへの太き蔓枯れぬ

寒の雁磐余の田井を求食るかな

啼いて畝傍の町の昃りぬ

つみふかき女人と梢の雪を見し

寒木の宙かすむ日の紙芝居

伊賀の夜の風呂吹おもひ寝てしまふ

身に二月裏なほにほふきもの着て

木の芽雨百日紅のみ孤絶せり

水煙の上まぶしき彼岸かな

春園や妻と彳つなる鶴の前

むらさきに隣る白藤見えわたる

夕さりし残花なまめき女帝陵

子が妻が花挿し呉るる暮春の卓

新しき柄杓が水に五月雨

黒はえや校倉ふたつ間の松

小墾田の址の田植うる或は立ち

この道を馬で太子や除虫菊

蠅多き花菩提樹を仰ぎけり