和歌と俳句

三橋鷹女

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颱風の夜は紺青の絽の寝間着

颱風はいそぎんちやくの躍る闇

颱風の底ひ眼のなき魚が棲む

颱風に藻ははらわたのなき歎き

颱風は心をはろの海底へ

燈にむいて颱風の夜の眼を閉ぢぬ

カンナ散り孤独の日々を愉しめり

こんとんとは夜と日がわれに来る

甦りくるもののあり秋の日

肉親をおもふはさみし秋の日

肌白く透きて思索の秋となりぬ

紅葉雨鎧の武者のとほき世を

幻影は弓矢を負へり夕紅葉

薄紅葉恋人ならば烏帽子で来

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉

カンナ秋体温あつく吾ぞ生くる

カンナ緋に黄に我が心境をゆるがすも

カンナあの紅食ひなばいのち灼け死なん

秋が来た思索のともし清浄と

信念は刻と移れり熟れぬ

熟るる肺腑がよごれゐる思ひ

秋日射し骨の髄まで射しとほし

秋草に大地沈みてゆくおもひ