和歌と俳句

中村汀女

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かざして掛時計止まり居り

春雨や帰郷といひて荷一つを

夕ざれば水より低き花菜ぞひ

なつかしや苗代水に畦とぎれ

花疲泣く子の電車また動く

限りなく落花来る日の杉菜かな

衰へし落花ぞ人を行かしむる

掬はれし蝌蚪は落花と網に乗り

かけりたる おほらかに返し来る

つつじ咲くさらでも子等は走り居り

子等のぼる土手芳草ものぼるなり

行春の旅の行李の綱固く

ぬばたまの闇に灯消して春の風邪

行きはわが足袋の真白く下萌ゆる

芝の火のおもひとどまるところかな

蟻出でし穴は日照りて濃紫

枝垂れ枝の八重紅梅の裏表

見下ろして犬に吠えられ暖か

ききとめし春暁の言葉忘れけり

額縁の金やはらかに花菜挿し

吾子の眼のすなはち楽しお白酒

薄紅梅の色をたたみて櫻餅

春灯や借りたるペンを使ひ慣れ

春水のただただ寄せぬかへすなき