和歌と俳句

中村汀女

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春宵や驛の時計の五分経ち

啓蟄の蟻と廚に午笛かな

にぼそと人語をさしはさむ

地球儀をもてあそびつつ書舗遅日

春風に船は煙を陸に引き

忽ちにめる船とこれもなり

船室のカレンダ土曜春の風

花の種土のうすさにはや見えね

中空にとまらんとする落花かな

夜櫻の更くればまはる夜番かな

飛行機が飛んでとどろくかな

花人や落花の水に呼びかはし

蜜蜂の見まはられつつ忙しき

春の海かなたにつなぐ電話かな

さらさらと聞えてまはる風車

ペリカンや何をめざして春の水

買い物の似し風呂敷や春の泥

雛飾る暇はあれども移るべく

春服のはや丈のみは高き娘も

沈丁花鳩の羽風はややきびし

校庭の落櫛を鳩巣にくはへ

春雨の三時も過ぎぬ四時近き

春山をいただくバスの馳せて来し

春泥のバスの疾駆をゆるすのみ

北の町の果てなく長し春の泥