和歌と俳句

高浜虚子

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初時雨あるべき空を見上げつつ

鬣を振ひやまずよ大根馬

吾も老いぬ汝も老いけり大根馬

老い朽ちて子供の友や大根馬

嘶きてよき機嫌なり大根馬

けふのこの小春日和を愛でずんば

照り曇り心のままの冬日和

冬ぬくし老の心も華やぎて

立ち昇る炊煙の上に帰り花

神前の落葉掃く賤相ついで

時雨るるを仰げる人の眉目かな

大仏に到りつきたる時雨かな

悴める手にさし上げぬ火酒の杯

ないふりもかまはずなりて着膨れて

雑踏や街の柳は枯れたれど

日についでめぐれる月や水仙花

避寒して世を逃るるに似たるかな

水仙に春待つ心定まりぬ

墨の線一つ走りて冬の空

羽ばたきて覚めもやらざる浮寝鳥

マスクして我を見る目の遠くより

我が生は淋しからずや日記買ふ

鞄さげ時雨るる都と見かう見

橋をゆく人悉く息白し

年忘れ老は淋しく笑まひをり

うち笑める眉目秀でてマスクかな

さまよへる風はあれども日向ぼこ

冬日濃しなべて生とし生けるもの

北風に吹き歪められ顔嶮し

北風に人細り行き曲り消え

伸び上り高く抛りぬ札納

人顔はやうやく見えず除夜詣

凍土につまづきがちの老の冬

大寒の埃の如く人死ぬる

寒といふ字に金石の響あり