和歌と俳句

麦の秋

麦の秋さもなき雨にぬれにけり 万太郎

麦秋や奔流谷を出で来る 誓子

麦秋やわれにかかはる他人の文 林火

麦秋や或る日都電に人語絶え 不死男

麦秋の小雨にぬるる渡舟銭 蛇笏

麦秋や口につきたる土の味 草田男

麦の秋農婦歩兵の歩みにて 誓子

麦秋や乳児に噛まれし乳の創 多佳子

麦秋の母をひとりの野の起伏 汀女

麦秋や農婦胸より汗を出す 綾子

麦秋の蝶になぐさめられてゐる 鷹女

雑巾の乾く月夜の麦の秋 静塔

空港につづく曠野の麦の秋 万太郎

麦秋の中なるが悲し聖廃墟 秋櫻子

堂崩れ麦秋の天藍ただよふ 秋櫻子

鐘楼落ち麦秋に鐘を残しける 秋櫻子

あてことのはづれてばかり麦の秋 万太郎

麦秋の麦倒れたり鶴見川 秋櫻子

別れたる互ひの跡は麦の秋 耕衣

尿の出て身の存続す麦の秋 耕衣

中空を鈴響き去る麦の秋 耕衣

無伴奏チェロ麦秋の星月夜 草城

島々の麦秋終る火よ煙よ 爽雨

麦秋を俯向き通る故郷かな 耕衣

麦の秋答へたがつて長答 草田男

出戻りの美人の散歩麦の秋 草城

あるときは湾のへりまで麦の秋 風生

雲四方に曽根丘陵の麥の秋 蛇笏

けさもまた雨うとましや麦の秋 万太郎

週末の牧師旅にあり麦の秋 青邨

麦秋や若者の髪炎なす 三鬼

天からきた影を布置して麦の秋 草田男

麥の秋山端の風に星光る 蛇笏

麦秋やひとりむすめを嫁にやり 万太郎

麦の秋無縁の墓に名をとどめ 多佳子

清姫のヘヤピン落ちて麦の秋 誓子

端の麦秋わかき月かかげ 悌二郎

麦秋や火のあそび出る瓦窯 静塔

額縁の金も絵のうち麦の秋 林火

蓮薹に立つも麦秋の聖マリア 秋櫻子

麦の秋一と度妻を経てきし金 草田男