和歌と俳句

鈴木真砂女

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ゆでてなほ海老たくましや夏に入る

仕入れたる茄子の小さき卯月かな

あるときは船より高き卯波かな

ひとまはりちがふ夫婦や更衣

汐風の強きをいとへ更衣

海日々にまぶしさ増すや更衣

われのみと思ふ不幸や更衣

身の細るほどの苦労や更衣

そむきたる子の行末や更衣

子の苦労絶えまなき衣更へにけり

この月の雨多き衣更へにけり

葉桜やほどよく煮えしうづら豆

子の着物たッぷり裁ちぬ柿若葉

庖丁に砥石あてをり五月雨

手で量るきやべつの重き梅雨入かな

梅雨の時化芒ばかりを乱しけり

梅雨を啼く鴉しんから憎きかな

梅雨寒く小蕪真白く洗はるゝ

あぢさゐやひと日は猫の死を悼み

百合咲くや海よりすぐに山そびえ

東京をしらぬ子ばかり麦の秋

南風やつんつるてんの貸浴衣

南風やのみあましたるソーダ水

汐引けば岩々荒るゝ薄暑かな

糊こはき寝巻なじまず明け易き

蚊遣火やくらし貧しく帯細く

向日葵や高々波に向ひ立ち

向日葵やものゝあはれを寄せつけず

風鈴やとかく話の横にそれ

貧相な薔薇の咲きたる土用かな

あるときの心のむごく毛虫焼く

吾が胸に悪魔棲みをり火取虫

商売の書き入れどきや単帯

夏帯や働き疲れ気の疲れ

夏帯や客をもてなすうけこたへ

夏帯や夫への嫉妬さらになく

や人悲します恋をして

火蛾舞ひて身ぬちにひそむものおそろし

火蛾舞へりよき襟あしをもてる人

満潮の波をたゝまず夕焼

遠くほころびを縫ひゐたりけり

遠雷や出荷とゞきし勝手口

ひらひらと海女潜り消ゆ雲の峰

気がかりな空を気にして夜濯ぐ

着こなしの上手に夏を痩せにけり

夏痩せの指の指輪の赤き玉

夏痩せの膝に置く手を重ねけり

夏痩せやきかぬ気眉にありありと

夏負けをせぬ気の帯を締めにけり

秋近し夕べの汐に光りなく