和歌と俳句

鈴木真砂女

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初凪やものゝこほらぬ国に住み

初東風や網を納めし船の胴

荒海のけふ荒れてゐる二日かな

髪に浮く二日のうすき埃かな

つねのごと烏賊売の来て二日かな

逆潮の沖へながるゝ二月かな

きさらぎのあけくれ波の音ばかり

如月や海老の生簀に海老をみず

章魚うすくそぐ俎の余寒かな

使はるゝ身より使ふ身春寒き

強東風の空澄みきつてゐたりけり

妻亡くせるばかりの春の炬燵かな

いぶる炭とりのけ春の火桶かな

海からの風ある芝を焼きにけり

浜鴉遊ぶ芝生を焼きにけり

春暁や旅寝の床の襖寄り

子供下駄吊して売るや春の風

砂山の砂の崩るゝ彼岸かな

爪置いて逃げたる蟹や春の潮

若布刈る海女に禍福のなかりけり

洗はれし章魚だらしなく春の風

罐詰で済ます昼餉や春の雷

ぶつ切りの章魚出されけり春の雷

春の雷湯殿に帯を解きをれば

病人に鰈煮てをり春の雨

底見えて生簀の深し春の雨

朔日に降れば雨メ月木瓜の花

たどんひとついけし火鉢や花ぐもり

花ぐもり汐吹貝汐を吹きにけり

鏡台にぬきし指輪や花の雨

花の雨鮑のわたを煮込みけり

槍烏賊の皮はぎやすし花の雨

坐りたるまゝ帯とくや花疲れ

足袋を脱ぐ足のほてりや花疲れ

櫓を竿に替へれば港つばくらめ

生簀籠波間に浮ける遅日かな

うちとけて日永の膝をくづしけり

人のそしり知つての春の愁ひかな

人の子のいとしき春の愁ひかな

春淋し波にとゞかぬ石を投げ

日曜も無き商売や春の暮

春の夜や蟹の身ほぐす箸の先

とりかねる夫の機嫌雁かへる

生れざりせばと思ふとき雁かへる

身につきし器用貧乏鳥雲に

かねて欲しき帯の買へたり鳥雲に

鰤網を納屋にをさめて春惜む

酒の燗つけつゝ春を惜みけり

海に来て娼婦も春を惜みけり

ゆく春や汐ひききりし岩だたみ