金葉集・夏
夏衣 すそ野の草を 吹く風に 思ひもあへず 鹿やなくらむ
ぬばたまの よかはの灯す 篝火は さはしる鮎の しるべなりけり
辛きをも 憂きをも今は 思ひあまり ただうつせみの ねをのみぞ鳴く
つれもなき 人もろともに 手もたゆく むすぶ泉と 思はましかば
詞花集・秋
天の川 玉橋いそぎ わたさなむ 浅瀬たどるも 夜のふけゆくに
出づるより 入る山の端の 麓まで こころをぞ遣る 秋の夜の月
秋はいま 半ばも今は 過ぎぬるに さかりと見ゆる 夜半の月かな
いかにせむ われたち濡れぬ わぎもこに あはでの森の このもとの露
いささめに さそはぬ月と もろともに 旅のいほりに 夜を明かすかな
玉藻かる からかの島の からきかな 妹に逢ふべき 方のなければ
そのかみの かざしにしめし 住吉の 松のしづえは 波ぞをりくる
冬に今は なりぬときけば 頼まれず ときぞと見ゆる 白菊の花
くれたけの よごとに今は いざなへど ふしみることの ありがたきかな
雪ふれば 踏ままくをしき 庭の面を たづねぬ人ぞ うれしかりける
わがこころ 雪げの空に 通へども 知らざりけりな 跡し無ければ
人はいさ 踏ままくをしき 雪なれど たづねてとふは うれしきものを
吉野山 春はなかばに なりぬれど 雪消えやらで 花咲かぬかも
まとりすむ うなての森の うなだれて ねをのみぞなく 人の辛さに
さくら花 青葉のなかに 散り残る こずゑや春の とまりなるらむ
おもひいでよ 天の香具山 よそにのみ ききわたらむと いつか契りし