和歌と俳句

山口誓子

方位

燭の火が聖菓の上に永く燃ゆ

食べんとて聖菓の燭を吹きて消す

搗き終へしにまどかな形与ふ

スタンドの翳ラグビーの半ばは翳

押して保てりスクラムは人間碑

坑外の焚火は長き火を立たす

焚火真近かに高山の雪の凝り

大露頭赭くてそこは雪積まず

慎みて踏む銅山の顱頂の雪

廃坑がおのづと白き息を衝く

廃坑を鎖せる氷柱薙ぎ払ふ

寒き坑車吾と鉱夫と凭れあふ

丸材抛る音春の夜の吉野川

紅椿びつしり防風林をなす

椿山この世ならざる深洩日

他人もまた隠りて遊ぶ椿山

若妻を伴れて遍路も酷からず

畑を打つ吉野の谷へ俯向きて

吉野山中耕牛が峰へ逃げ

春月に水飢饉なる足摺

銅色に霞める下界そこより来し

中虚にて気球群れみな霞む

モラエスと小春とがゐて阿波霞む

鳴門より抽き出す長き若布刈竿

激流に棹一本の若布刈舟

渦潮の中道若布刈舟は知る

櫓を揚げて鳴門落ちゆく若布刈舟

観潮船ふつと白煙音とならず

渦潮の中転舵して身を落す

満開雪折れの枝のまま

病める鱒落花に尾鰭動かしづめ