春泥の窪みは妻の病むごとし
ざんばら髪の山彦あるく油照
つながれて流木梅雨になじみけり
遠縁のをんなのやうな草いきれ
雲か霞か知らねども囀れり
麦ひと日踏みて遠方力満つ
こんこんと田のねむりゐる旱りかな
鳴きやみし蝉より茜ひきにけり
陰の身に馴れて涼しく銭使ふ
月の田を百枚かぞへ道祖神
臍の緒になじみし紙のつゆけくて
藪柑子目をおさへゐる童女見ゆ
香水の壜の真上を冬すぎし
針傷をいくたびも舐め雪降れり
うす味に土筆を炊いて不和家族
花なづな母死後木戸に錠つけて
いくとせも落葉を踏まずかたみわけ
忌みあけの目を大切に冬の虹
身の枯れをためつすがめついぼむしり
狐罠一村智恵を同じうす
寝てさめて老いゆく花菜明りかな
うす紙に花種嬰の深ねむり
母系家族は白のあけくれ油照
ひとり旅露けき白湯をのむごとし
冬となる光りの中のきつね雨
番傘の女ざかりにいなびかり
短日のしばらく墓を日向にす
灯りてぼた山冬を呼びにけり
一月のひとの往来に村古るぶ
紙を焚く夫婦の幼なごころかな
海二日見て三日目の秋深し
けふの晴きのふの風と露けしや
冬深し老婆がどこにでも坐り
黄落のよろこび充つる佛具店
針のめどをりをりしはぶきを通す
貼りかへし障子が老をいざなへり
妻つれておたまじやくしを見にゆきし
乙女らはかすみの光り吊橋触揺り
抽出に小銭の記憶犬ふぐり
金貸してすこし日の経つ桃の花
水かぎろへる辺りより故郷
花なづなこよみの裏のさびしさは
雨となる雲沖に出て母子草
侘助の花了りたるころの凪
蝶とんでふはりふはりと田の形
町の子の百歩に百の草じらみ
低き風は秋のはじめの石畳
繭売つて生木に雫ふゆるなり
夕風のゆくてに雨の甘茶寺
城跡の朱欒をんなを嫌ひけり
炎天に水強くあり北信濃
旱天の雲がいちにち水のいろ
涼しさは花えらびゐる尼二人
雲山をはなれて栗の毬そだつ