しんしんと子の血享けをりリラ匂ひて
吸呑のレモンの水や春の暮
見舞のリラ葉をひろげけり春の雨
八十八夜血色得し手の裏表
立春の巨き鴉に驚きぬ
春曙林来る灯のひとつ見ゆ
雪降るか立春の暁昏うして
はるかなる地上を駈けぬ猫の恋
夜は熱の無ければ起きて雛あられ
木移りをしきりに鳩や西行忌
鳩尾長総出の日なり彼岸前
師を仰ぎ春の彼岸の入盈ちぬ
師のかげに夫人は菫そと賜ふ
老師来ませしよりの日数よ菫籠
病床にけふの椿は明石潟
胸に享く復活祭の染卵
病室にリラの香あり復活祭
暁の病室白木蓮の舞出でむとす
仏生会くぬぎは花を懸けつらね
ほしいまま旅したまひき西行忌
萬愚節昼の酸素の味わるし
土筆煮て「野道」の著者に見舞はるる
春の雪病み臥すものらさざめきて
青松の笠松にふる春の雪
唇にのぼれる朱や春の雪
息吐けと立春の咽喉切られけり
手術日は立春にして古りもせず
喉切つて声失ひぬ春の雨
仰向けにさし出す喉や春の雪
春の雪点滴注射ゆるやかに
アネモネのむらさき面会謝絶中
立春より仰臥ひたぶるにつづけける
生き得たりいくたびも降る春の雪
箸通ふ春の人参仰臥食
白粥のこの頃うまし梅の花
草餅や石田氏水分摂取量
病む手もて腕撫でをり遊蝶花
梅の香や吸う前に息は深く吐け
芽苞散る白粥まじるものもなし
横臥せば眩暈何ぞ櫟の芽
白椿主治医祝ぎ言賜ひけり
春雪の病院の籬低くなりぬ
春の雪蟲とぶ如く衰へぬ
春雪のむなしく鳴れり雪の中
見舞びと妻も帰りぬ櫻餅
雪被つつ櫟は花の死すなかれ
蕨和忘語かなしく口とざす
足指の反りこころよし松の芯
行く春やいさかひ帰る見舞妻