日野草城
秋の夜やたのしみて書く文長し
秋の夜や紅茶をくぐる銀の匙
秋の夜やすすりなきするマンドリン
秋の夜の酒盃にひびく瀬音かな
夜長寝てその後の雁は知らざりき
黒髪の蛇ともならで夜長かな
長き夜や善い哉夫は愚妻は凡
夜長の灯煌々として人在らず
白壁の更くるにまかす夜長かな
鞘刎ねて筆の白穂も夜寒かな
裸灯に浮いて夜寒の目鼻かな
聴き澄す水のひびきも夜寒かな
瀬の音の心にひびく夜寒かな
犬耄けてあろじに吠ゆる夜寒かな
拗ね合うて夜寒更けたり姉妹
ゆく秋や河内国原煙たつ
ゆく秋や灯影に見ゆる馬の糞
夕栄や秋もきはまる菜に暮靄
捨石に腰かけて瞰る野路の秋
瓜の花秋を蕾みてあはれなり