古雛をみなの道ぞいつくしき
鶯やかまどは焔をしみなく
移り来て蕗薹のみ鮮しき
わが住みて野辺の末黒を簷のもと
月いでてわが袖の辺も朧なる
わすれ雪髪をぬらして着きにけり
桃たへず雫してゐるわすれ雪
廃園に海のまぶしき藪椿
春潮に指をぬらして人弔ふ
雨の天たしかに雲雀啼いてゐる
なかぞらに虻のかなしさ子の熟睡
山吹や山水なれば流れ疾く
中空に音の消えてゆくつばな笛
金鳳華子らの遊びは野にはづむ
野の鹿も修二会の鐘の圏の中に
修二会僧女人二人のわれの前通る
つまづきて修二会の闇を手につかむ
野火燃やす男は佳けどやすからず
がうがうと七星倒る野火の上
野火あとに水湧く火中にても湧きし
初蝶に合掌のみてほぐるるばかり
仏母たりとも女人は悲し潅仏会
二月尽林中に鹿も吾も膝折り
野火跡を鹿群れ移る人の如
野火あとに雄鹿水飲む身をうつし
絵雛かけし壁をそのままくらがりに
恋猫のかへる野の星沼の星
よこざまに恋奪ひ尾の長き猫
百姓の不機嫌にして桃咲けり
桃畑恋過ぎし猫あまたゐて
花折つて少女 椿より降りしばかり
啓蟄の土の汚れやすきを掃く
木瓜紅く田舎の午後のつづくなる
嘆かじと土掘る蜂を見てゐたり
雉啼くや胸ふかきより息一筋
夜の雨万朶の花に滲みとほる
足濡れてゐれば悲しき桜かな
過去は切れ切れ桜は房のまま落ちて
起りたる桜吹雪のとどまらず
蘇枋の紅昃る齢同じうす
木蓮の一枝折りぬあとは散るとも
春空に鞠とゞまるは落つるとき
咽喉疼き旅寝や燕吻づくる
祷りちがふ三色もてすみれ一輪なす
夫婦して耕土の色を変へてゆく
どこまでも風蝶一路会ひにゆく
雀の巣かの紅絲をまじへをらむ
しやぼん玉窓なき厦の壁のぼる
旅の椅子仔雀はいま地にゐて
夜具の下畳つめたき四月尽
童女走り春星のみな走りゐる