和歌と俳句

石塚友二

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干草にいそしめりしが老鮮婦

はたはたに微ぶ友が子吾は草に

昼顔や釣師と語る葭干潟

が行くや欧州現勢壁の地図

朝顔の紫紺簇がり車掌住む

朝の便戦場と避暑地手に会す

蜉蝣な捕りそはかなきものと人の子に

片かげの代書屋に入る肩は農夫

夕刊一紙と来て正に暮る

雲の下飛ぶ雨雲に狂ひ蝉

秋めくや素肌の単衣朝薄し

酔ひ諍かひ森閑戻る天の川

昼の虫焦ることありて躓ける

秋晴やひとに匿れて街にあり

方寸に瞋恚息まざり秋の蚊帳

鳥渡る着のみの肩や聳えしめ

鳴いて雨過山房にあまねき日

渡り過ぐ見むと泳ぐ三田の坂

水道栓漏るを漏らしめ秋ふかく

鰯雲われらが舗道平らかに

駅へ送る相思旅ゆくの夜を

尿すや鏘々と虫のを隔つ

昼寝足りては夜を起き物を思ふも

明け四時の街蟋蟀を鳴かすのみ

夜さり寝ず校合せりし蚊も失せぬ

はり下駄の踵逃げずや蓼の花

残り蚊のあまた居寄るも露次のゆゑ

やがて暁そゆゑの闇の鉦叩

いかに暁れ夜の颱風に想へるを

黄に赤に思ひ他ならぬ雁来紅

妻恋の蟋蟀嵐吠ゆる間も

転生の因果図古りし祭笛

疾風沐雨ひとりの灯消す秋の蚊帳

颱風の雨逃げし神楽坂上る

友が恋語り得まじき秋袷

螫す力弱まりし蚊や膝に飼ふ

鈴懸のの鈴かけて空深くなりぬ

坂の別れ夏服さびし追へば向く

疑へわが世の地獄秋蚊帳にば

胸痛く愛慕佇む虫の露次

朝発ちの旅の煩らひ霜めく夜

秋雷に出すくむ足や鞭打ちて

秋雷や促すものを身のうちに

ひとゝきの明るさ秋の雨の中

穂草野ぐんと尿し終へし爽しさに

松ヶ枝の庭師に秋のいや高く

吊らでもの秋蚊帳なるを一夜なほ

生き行く道難し太古の露の月

削り編む残暑殊にも筆疲れ

防空水槽街路樹これに映り散る