和歌と俳句

高浜虚子

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朝顔の二葉より又はじまりし

気にかかる事もなければ梅雨もよし

鉄線にけふは若くものなき庭か

避暑に来て保養といふも仕事かな

避暑の宿蚋を怖れて戸を出でず

ほととぎすかならず来鳴く午後三時

避暑宿に来ても変らぬ起居かな

二つある籐椅子に掛け替へても見

避暑の宿寂寞として寝まるなり

長梅雨の明けて大きな月ありぬ

午前九時始まる避暑の日課かな

昼寝して覚めて乾坤新たなり

影涼し皆濃紫さむらさき

庭木皆よき形なる若葉かな

せせらぎの水音響くの川

いつの間に庭木茂りて梅雨に入る

天暗くなりて明るき薔薇の雨

よき鉢によき金魚飼ひ書を読めり

ダムに鳴く鳥は鶯ほととぎす

蜘蛛の糸の顔にかからぬ日とてなし

山寺に我老僧かほととぎす

山寺に仏も我も黴びにけり

仏生や叩きしの生きかへり

避暑に来て短か羽織を仮りに著て

夏草も一景をなす坊の庭

明易や花鳥諷詠南無阿弥陀

すぐ来いといふ子規の夢明易き

怪談の昨日のつづき涼み

古袷著てただ心豊かなり

鉄線を咲かせて主書に籠る

更衣したる筑紫の旅の宿

山さけてくだけ飛び散り島若葉

天草の島山高し夏の海

美しき故不仕合せよき

風薫る甘木市人集ひ来て

飛ぶ筑後河畔に佳人あり

緑蔭にありて一歩も出でずをり

大岩に根を下したる夏木かな

梅雨暗し床の隅なる古き壺

親蟹の子蟹誘うて穴に入る

旅鞄開けて著なれし古浴衣

自ら風の涼しき余生かな

汝はいかにわれは静に暑に堪へん

蠅叩われを待ちをる避暑の宿

山寺に避暑の命を托しけり

大昼寝して次の間の話し声

一切を放擲し去り大昼寝

力無きあくび連発日の盛り

勤行の責め打つ太鼓明易き

我を見て舌を出したる大蜥蜴

襟首を流るる汗や天瓜粉