和歌と俳句

山口誓子

青女

雲の峰けふの主なる刻も過ぐ

いなびかり洩る雲の扉の片開き

いなづまは照らすものなく雲照らす

兜虫一角風を切つてとぶ

虹といふ聖なる硝子透きゐたり

干梅の香がせり死なずともよきらし

盗み来し木にて炎炎キヤムプの火

祭太鼓たるめる皮を打ちまくる

白鷺のとびて仕ふる雪の峰

香水を一滴長の病なり

新緑に電燈點きし音はせず

緑蔭に馬の蹄の力みしあと

老農の喰はず携ふ真桑瓜

晩涼の燈のかたまるはこころそそる

去るべくして家しづもれり秋の暮

秋冷ややかにあぢけなき吾等が世

叫ぶ老呆けて生きたくはなし

燈なき漁家夜は火を焚けりちちろ虫

くらがりに俯向くことがちちろ虫

きりぎりす年年歳歳土同じ

きりぎりす光擾乱なせる中

露けさよ祷りの指を唇に触れ