和歌と俳句

水原秋櫻子

屋根に来てかがやく鷽や紙つくり

辛夷咲き畦の卍も青みたり

疾風来て畦に倒るる春の鶏

空に雲湖に干潟のなり

春暁の風雨の底の一漁港

春暁の客舎ゆるがす怒濤あり

青岸渡寺堂塔映えて咲けり

咲き満ちて撓めり那智の神

瀧落ちて群青世界とどろけり

飛び水勢霞む熊野川

雲ふかく十津川春を濁るなり

孤り生し人のなり蟻ひとつ

飛ぶ風やオリーブの雨こぼれ

つぶやく輪塔大空放哉居士

林檎咲き海また白き雨のあと

鳴く雲雀林檎の花影畑に満つ

朝寝して玉藻城見ゆ旅の果

牧開白樺花を了りけり

牧へゆく馬にしたがふほととぎす

夜鷹鳴くしづけさにはのぼるなり

山の蛾はランプに舞はず月に舞ふ

雲海に溺れ喘げり八ケ岳

雲海や樹頭一禽声なくて

峰の肩雲海煌とやぶれける

梅雨日輪雲跳ねのぼる三たびなり

甲斐の鮎届きて甲斐の山蒼し

翡翠の去来す硯洗ひけり

石蔭にまた蕨生ふ夏深し

みんみん蝉立秋吟じいでにけり

朝雲の故なくかなし百日紅

盆の月鴎外詩壁照りいづる