和歌と俳句

高浜虚子

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藺の花の上漕ぐ船や五月雨

田舎馬車乗りおくれたるかな

嵐山の闇に對するかな

唐人の文字正しきかな

寺を出る稚兒三人の日傘かな

涼しさや山を見飽きて蚊帳に入る

葛水に松風塵を落すなり

夏に籠る師に薪水の労をとる

市中の寺にかくるる一夏かな

或時は谷深く折る夏花かな

雨雲の離れぬ比枝や田植時

うち竝ぶ早乙女笠や湖を前

三軒家蚊帳つる時のほととぎす

山を出でて山に入る月や蚊帳の外

薫風や瀧の腹見る寺の縁

御車に牛かくる空やほととぎす

草山やこの面かの面の百合の花

古家にもの新らしき団扇かな

山寺にうき世の団扇見ゆるかな

先づ食うて先づ去る僧や心太

長橋を降りかくす雨や心太

大海のうしほはあれど旱かな

無用の書紙魚食ひあきて死ぬるらん

茄子汁主人好めば今日も今日も

繭もぐや太子の宮の妃に宣下

鎌とげば悲しむけしきかな

明易き閨に妹あらず炊ぐらん

老いそめて里に下るや紅藍の花

御僧の沓かりはくや牡丹見る

浮巣見て事足りぬれば漕ぎ返る

河骨の花に神鳴る野道かな

客人に下れるや草の宿

蜘掃けば太鼓落して悲しけれ

蚊柱や酒屋の店の枡の上

さしかゆる佛の花に昼蚊かな

蚊遣火や縁に腰かけ話し去る

沼に出れば魚とり居る夏野かな

拓きかけて木綿つくれる夏野かな

雨戸あけて水鶏も啼くといふ貸家

にうちふるふ家や水のへり

汗ばまぬ人上品の佛かな

行水の女にほれる烏かな

僧堂や昼寝覚めよの銅鑼が鳴る

隠家にほのめく鎗や土用干