和歌と俳句

杉田久女

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春光や塗美しき玉櫛匡

処女美し連理の椿髪に挿頭し

みづら結ふ神代の春の水鏡

日表の莟も堅しこの椿

椿濃し神代の春の御姿

春の旅子らの縁もいそぐまじ

神代より変らぬ道ぞ紅椿

東風吹くや八重垣なせる旧家の門

争へる牛車も人も春霞

歇むまじきの雨なり旅疲れ

蕨餅たうべ乍らの雨宿り

公園の馬酔木愛しく頬にふれ

旅かなし馬酔木の雨にはぐれ鹿

旅衣春ゆく雨にぬるゝまゝ

大いなる春の月あり山の肩

春寒の樹影遠ざけ庭歩み

庭石にかがめば木影春寒み

新らしき春の袷に襟かけん

新調の久留米は着よし春の襟

春の襟かへて着そめし久留米かな

花も実もありてうるはし春袷

恋猫を一歩も入れぬ夜の襖

冬去りて春が来るてふ木肌の香

土濡れて久女の庭に芽ぐむもの

故里の小庭の子に見せむ

ほろ苦き恋の味なり蕗の薹

蕗の薹摘み来し汝と争はず

移植して白たんぽぽはかく殖えぬ

空襲の灯を消しおくれの寺

近隣の見て家事にいそしめる

掘りすてゝ沈丁花とも知らざりし

全山の木の芽かんばし萌え競ひ

奉納のしやもじ新し杉の花

雉子鳴くや都にある子思ふとき

雉子の妻驚ろかしたる蕨刈

杖ついて誰を待つなる日永人

会釈して通る里人摘む

焼けあとのは太し二三本

摘むや淋しけれどもたゞ一人

蝶追うて春山深く迷ひけり

花過ぎて尚彦山の春炬燵

なまぬるき春の炬燵に恋もなし

風呂に汲む筧の水もぬるみそむ

風呂汲みの昼寝も一人花の雨

咲き移る外山のを愛で住めり

梨花の月浴みの窓をのぞくなよ

垣間見を許さぬこの扉山桜

風に汲筧も濁り花の雨

歌舞伎座は雨に灯流し春ゆく夜

鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな