和歌と俳句

尾崎放哉

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元日暮れたりあかりしづかに灯して

日が少し長くなり夕煙あかるく

小供等さけび居り夕日に押合へる家

流るる水にそれぞれの灯をもちて船船

肴屋が肴読みあぐる陽だまり

芽ぐめるもの見てありく土の匂

チャブ台に置かるる縁日の赤い花

山深々と来て親しくはなす

ぢつと子の手を握る大きなわが手

落つる日の方へ空ひとはけにはかれたり

仏の花に折れば咲きつづくけしの花

松はあくまで光りて砂にならぶ墓

嵐のあけ朝顔一つ咲き居たり

大風の空の中にて鳴る鐘

日まはりこちら向く夕べの机となれり

寺の屋根見つつ木の葉ふる山を下り行く

葬列足早な足に暮色まつはり

亀を放ちやる昼深き水

嵐のまへの蟻等せんねん

しみじみと水をかけやる墓石

電車の終点下りて墓地への一人

甕あたまふせられし土よりなく虫

草の中より風起り百合白う咲けり

もぐらが持ちあげし土のその陽の色

蜜柑山の路のどこ迄も海とはなれず

土くれのやうに雀居り青草もなし

松の実ほつほつたべる燈下の児無き夫婦ぞ

四ツ手網おろされ夕の野面ひつそり

稲がかけてある野面に人をさがせども

何もかも死に尽くしたる野面に我が足音

氷穿ちては釣の糸深々とたらす

氷れる路に頭を下げて引かるる馬よ

山ずそ親しく雪解水流れそめたり

海苔をあぶりては東京遠く来た顔ばかり

長雨あまる小窓で杏落つるばかり

昼火事の煙遠くへ冬木つらなる

焼跡はるかなる橋を淋しく見通し

春日の中に泥厚く塗りて家つくる

かぎりなく煙吐き散らし風やまぬ煙突

母の日ぬくとくさやゑんどう出そめて

夏帽新しく睡蓮に昼の風あり

犬が覗いて行く垣根に何事もない昼

わが胸からとつた黄色い水がフラスコで鳴る

ここに死にかけた病人が居り演習の銃音をきく

遠く船見付けたる甲板の昼を人無く