和歌と俳句

尾崎放哉

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山水ちろちろ茶碗真白く洗い去る

ホツリホツリ闇に浸りて帰り来る人人

落葉掃き居る人の後ろの往来を知らず

流るる風に押され行き海に出る

船は皆出てしまひ雪の山山なり

砂浜ヒョッコリと人らしいもの出て来る

つくづく淋しい我が影よ動かして見る

ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる

皆働きに出てしまひ障子あけた儘の家

静かなるかげを動かし客に茶をつぐ

花あわただしさの古き橋かかれり

夕日の中へ力いつぱい馬を追ひかける

落葉へらへら顔をゆがめて笑ふ事

月夜戻り来て長い手紙を書き出す

あすは雨らしい青葉の中のを閉める

一日物云はず蝶の影さす

友を送りて雨風に追はれてもどる

雨の日は御灯ともし一人居る

なぎさふりかへる我が足跡も無く

軽いたもとが嬉しい池のさざなみ

静もれる森の中をののける此の一葉

井戸の暗さにわが顔を見出す

沈黙の池に亀一つ浮き上る

鐘ついて去る鐘の余韻の中

炎天の底の蟻等ばかりの世となり

山の夕陽の墓地の空海へかたぶく

柘榴が口あけたたはけた恋だ

たつた一人になりきつて夕空

墓原路とてもなく夕の漁村に下りる

高浪打ちかへす砂浜に一人を投げ出す

雨に降りつめられて暮るる外なし御堂

昼寝起きればつかれた物のかげばかり

何も忘れた気で夏帽をかぶつて

ねむの花の昼すぎの釣鐘重たし

氷店がひよいと出来て白波

父子で住んで言葉少なく朝顔が咲いて

砂山赤い旗たてて海へ見せる

声かけて行く人に迎火の顔あげる

蛇が殺されて居る炎天をまたいで通る

ほのかなる草花の匂を嗅ぎ出さうとする