和歌と俳句

尾崎放哉

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ふところの焼芋のあたたかさである

霰ふりやむ大地のでこぼこ

ひげがのびた顔を火鉢の上にのつける

にくい顔思ひ出し石ころをける

底がぬけた柄杓で水を呑まうとした

粉雪散らし来る大根洗ふ顔を上げず

雀がさわぐお堂で朝の粥腹をへらして居る

爪切るはさみさへ借りねばならぬ

犬よちぎれるほど尾をふつてくれる

寒に入る地蔵鼻かけ給ふ

節分の豆をだまつてたべて居る

雪空一羽の烏となりて暮れる

花が咲いた顔のお湯からあがつてくる

歯をむきだした鯛を威張つて売る

コスモスなんぼでも高うなる小さい家で

夕の鐘つき切つたぞみの虫

夕飯たべてなほ陽をめぐまれてゐる

あたまをそつて帰る青梅たくさん落ちてる

剃つたあたまが夜更けた枕で覚めて居る

一人分の米白々と洗ひあげたる

時計が動いて居る寺の荒れてゐる

乞食に話しかける我となつて草もゆ

考へ事をしてゐるたにしが歩いて居る

風が落ちたままの駅であるたんぽぽの中

新緑の山となり山の道となり

留守番をして地震にゆられて居る

臍に湯をかけて一人夜中の温泉である

かぎりなく が出てくる穴の音なく

眼の前筍が出てゐる下駄をなほして居る

豆を煮つめる自分の一日だつた

雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る

とかげの美しい色がある廃庭

寺に来て居て青葉の大降りとなる

池の朝がはぢまる水すましである

土塀に突かひ棒をしてオルガンひいてゐる学校

うつろの心に眼が二つあいてゐる

母の無い児の父であつたよ

淋しいからだから爪がのび出す

ころりと横になる今日が終つて居る

一本のからかさを貸してしまつた

藪の中わたしだちの道の筍

小芋ころころはかりをよくしてくれる