老夫婦二階住して更衣
更くる夜のひそかにうるむ梅雨の望
掌に孫よりもらふ天道蟲
緑蔭へ没るる荘へ濡るる径
白地着て痩脛鶴のごとくなり
菖蒲田の径の乾くに篠の角
瀧煙肺腑に沁みて腥し
尋常に林泉濡るる夏の雨
若さとはわりなく妬し青芒
縷のごとく初蚊の声のひきにけり
白といふ厚さをもつて朴開く
天気図の皺くしやくしやに梅雨くらし
郭公を待てば応ふるはるかかな
郭公のさも郭公といふ遠さ
ふちどれる紅の滲みてやぶれがさ
籐椅子に光陰過ぐる意味なき意味
野牡丹の一日の命けさあえか
働く蟻よ勤勉は美徳ならずとよ
猫は哲学者新樹の雨に端居して
空蝉を愛し人間にも飽かず
山蟻は読むものを踏みためらはず
群青をもて七月を塗りつぶす
白牡丹の白を窮めし光かな
一点の金蠅をゝと朴若葉
緑蔭の深さ憩ひを切に恋ふ
夏芝居市井の悪は美しき
明けしぶる梅雨さへ心あるごとし
避暑荘の何一つ不足なき不足
夕がほの咲き揃ふ刻を待ちにけり