光孝天皇御歌
涙のみうき出づる蜑の釣竿の長き夜すがら恋ひつつぞぬる
坂上是則
枕のみ浮くと思ひしなみだ川いまはわが身の沈むなりけり
よみ人しらず
おもほえず袖に湊の騒ぐかなもろこし舟の寄りしばかりに
妹が袖わかれし日より白たへのころもかたしき恋ひつつぞ寝る
逢ふことのなみの下草みがくれてしづ心なくねこそなかるれ
浦にたく藻鹽のけぶり靡かめや四方のかたより風は吹くとも
忘るらむとおもふこころのうたがひにありしよりけにものぞ悲しき
憂きながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋ひしき
命をばあだなる物と聞きしかどつらきがためは長くもあるかな
いづ方に行き隠れなむ世の中に身のあればこそ人もつらけれ
今までに忘れぬ人は世にもあらじおのがさまざま年の経ぬれば
玉水を手にむすびても試みむぬるくば石のなかもたのまじ
山城の井手の玉水手に汲みてたのみしかひもなき世なりけり
君があたり見つつを居らむ伊駒山雲なかくしそ雨は降るとも
中空に立ちゐる雲の跡もなく身のはかなくもなりぬべきかな
雲のゐる遠山鳥のよそにてもありとし聞けば侘びつつぞぬる
晝は来て夜はわかるる山鳥のかげ見るときぞ音はなかれける
われもしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに聲をのみ聞け
人麻呂
夏野行くをじかの角のつかのまもわすれず思へ妹がこころを
人麻呂
夏草の露わけごろも着もせぬになどわが袖のかわくときなき