和歌と俳句

飯田蛇笏

山響集

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つりそめて水草の香の蚊帳かな

荼毘のあと炭いつまでも藜草

聖母に燈し紫陽花ここだ插す

毬栗のはぜかかりゐる八重葎

夜も撞いて江湖の鐘や鰯雲

曽我の子はここにねむりて鰯雲

艇庫閉づ秋寒き陽は波がくれ

巌ぬくくむら雨はじく秋日かな

雷遠く雲照る樺にさけり

温泉ちかき霽れ閧フ樺に秋の蝉

花金剛纂焚火に燻べて魚香あり

マスクしてしろぎぬの喪の夫人かな

ペチカ燃え窓の寒潮鴎とべり

うす日して震災堂の玉あられ

庭かまど家山の雪にけぶらしぬ

獏枕わりなきなかのおとろへず

粉黛のかほほのめきて玉の春

喫茶房志那楽かけて松の内

落飾の深窗にしてはつ日記

身延山雲靆く町の睦月かな

サーカスの身を賭る娘が春衣装

上古より日輪炎えて土の

春佛石棺の朱に枕しぬ

花あざみ露珊々と葉をのべぬ

死火山の夜をさむきまで二月空

樹々芽立つさなかの猟家午過ぎぬ

百千鳥酣にして榛の栗鼠

雲ふかき厚朴一と株芽立ちかな

歯朶もえて岩瀧かけるきぎすかな

雉子なけり火山湖の春いぬる雨

蔦の芽の風日にきざす地温かな

暮の春奥嶺の裸形ただ藍し

雹まろぶ大山祇の春祭

軒菖蒲庭松花をそろへけり

楡がくり初夏の厨房朝焼す

アカシヤに衷甸駆る初夏の港路

虹になき雲にうつろひ夏ひばり

槻の南風飛燕の十字かたむけり

朝日夙く麓家の桐花闌けぬ

ほとびては山草を這ふ梅雨の雲

奥嶺より郭公啼きて反古供養

露さむや娘がほそ腰の力業

零餘子おつ土の香日々にひそまりぬ

露の香にしんじつ赤き曼珠沙華

草川のそよりともせぬ曼珠沙華

初栗に山土の香もすこしほど

菩薩嶺は獄はるかにて帰燕ゆく

天すみて火祭了へぬ秋つばめ

芙蓉咲き風邪ひく山羊の風情かな

鉱山のひぐらし遠くなりにけり

嶺を斜に日のどんよりと冬かすみ

山雪に機織る箴のこだまかな

寒来り雲とどこほる杣の墓

甕埴瓮冬かすみして掘られけり

霜枯れの荏を搖る風に耕せり

倦怠の眼に涙する圍爐裡かな

爐火たのし柴もて鍋の芋さしぬ

杣の子が喰ひふくらみて歳の暮

山地蕎麦掛け干す樹々に初しぐれ

瀧きほひ蘭の實枯れて時雨雲