旅人の跡だに見えぬ雲の中に馴るれば馴るる世こそありけれ
急がずは二夜も見まし草の庵のむかひの山に出づる月影
露霜も四方の嵐に結びきて心くだくるさよの中山
行きとまるかたやそことも白雲や紅葉の蔭や旅人の宿
ながむれば嵐の聲も波の音もふけゐの浦の有明の月
川舟のうきて過ぎ行く波の上にあづまのことぞ知られ馴れぬる
逢はじとて葎の宿をさしてしをいかでか老の身をたづぬらん
今日は又きのふにあらぬ世の中を思へば袖も色かはり行く
憂きことは巌の中も聞こゆなりいかなる道もありがたの世や
世の中に思ひ乱れぬ刈萱のとてもかくてもすぐる月日を
あはれあはれ思へば悲しつひの果 しのぶべき人 誰となき身を
ささがにのいとどかかれる夕露のいつまでとのみ思ふものから
きほひつつさきだつ露を數へても浅茅が末を猶たのむかな
年ふれどまだ春しらぬ谷の内の朽木のもとも花を待つかな
鶴の子の千たび巣立たん君が代を松のかげにや誰も隠れん