峰の雪もまだふる年の空ながらかたへ霞める春の通路
新古今集・春
山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水
新勅撰集・春
雪消えてうら珍しき初草のはつかに野邊も春めきにけり
鳰の海や霞のうちに漕ぐ舟のまほにも春の景色なるかな
あしひきの山の端かすむ曙に谷より出づる鳥の一聲
ながめやる霞の末は白雲のたなびく山の曙の空
袖の上に垣根の梅はをとづれて枕に消ゆるうたたねの夢
新古今集
今櫻咲きぬと見えて薄曇り春に霞める世の景色かな
待つ程の心のうちに咲く花をつゐに吉野へ移しつるかな
峰の雲麓の雪に埋もれていづれを花とみよし野の里
とふ人のをらでを帰れ鶯の羽風もつらき宿の櫻を
夢のうちも移るふ花に風吹てしづ心なき春のうたたね
今朝見れば宿の木ずゑに風過て知られぬ雪の幾重ともなく
続後撰集・春
今はただ風をもいはじ吉野川岩こす浪にしがらみもがな
新古今集・春
花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる
水茎の跡もとまらず見ゆるかな波と雲とに消ゆる雁が音
鳴きとめぬ花を恨むる鶯の涙なるらし枝にかかれる