和歌と俳句

高浜虚子

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草市ややがて行くべき道の露

谷に下りて先師の墓に参りけり

しづかなる此山蔭や墓詣り

墓参り先祖の墓の小ささよ

暁に消ゆる変化と踊りけり

踊りうた我世の事ぞうたはるる

手をひいて踊りの庭に走りけり

わぎも子が踊の髪の結ひはえぬ

新涼の驚き貌に来りけり

新涼のに蘇りたる草廬かな

いつ迄も紺朝顔の鄙にあり

仲秋の其一峰は愛宕かな

仲秋や峰の寺より歌だより

仲秋をつつむ一句の主かな

國に聞く人語新し野分

とぶ音杼に似て低きかな

藁寺に緑一團の芭蕉かな

峻峰のいただきにの小ささよ

の味忘れし故に参りたり

を掘る手をそのままに上京す

冷かや湯治九旬の峯の月

勝ちほこる心のひびや秋の風

生涯に二度ある悔や秋の風

秋風に又来りけり法隆寺

政を聴いて夜食す柚味噌かな

宰相を訪ふ俳諧の柚味噌かな

鹿を聞く三千院の後架かな

此月の満れば盆の月夜かな

我村や月束嶺を出て孤なり

高原や粟の不作に蕎麦の出来

九月盡日、許六拜去来先生几下

秋風に焼けたる町や湖のほとり

灯火の穂に秋風の見ゆるかな

灯ともれる障子ぬらすや秋の雨

石の上の埃に降るや秋の雨

裸火を抱く袖明し秋の雨

秋雨や身をちぢめたる傘の下

秋雨の雪に間近き山家かな

南天の実太し鳥の嘴に

紅葉客熊の平にどかと下りぬ

濡縁に雨の後なる一葉かな

蜻蛉は亡くなり終んぬ鶏頭花

秋風や最善の力ただ尽す

一人の強者唯出よ秋の風

葡萄の種吐き出して事を決しけり

降り出せし雨に人無し葡萄園

葡萄口に含んで思ふ事遠し

ただ一人いつまで稲を刈る人ぞ