和歌と俳句

夏目漱石

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むつかしや何もなき家の煤払

煤払承塵の槍を拭ひけり

懇ろに雑炊たくや小夜時雨

夜や更ん庭燎に寒き古社

客僧の獅噛付たる火鉢

冬の日や茶色の裏は紺の山

冬枯や夕陽多き黄檗寺

あまた度馬の嘶く吹雪哉

嵐して鷹のそれたる枯野哉

静なる殺生なるらし網代守

くさめして風引きつらん網代守

焚火して居眠りけりな網代守

河豚汁や死んだ夢見る夜もあり

亡骸に冷え尽したる煖甫

あんかうは釣るす魚なり縄簾

落付や疝気も一夜薬喰

乾鮭と並ぶや壁の棕梠箒

魚河岸や乾鮭洗ふ水の音

本来の面目如何雪達磨

仲仙道夜汽車に上る寒さ哉

西行の白状したる寒さかな

温泉をぬるみ出るに出られぬ寒さ哉

本堂は十八間の寒さ

愚陀佛は主人の名なり冬籠

情けにはごと味噌贈れ冬籠

冬籠り小猫も無事で罷りある

両肩を襦袢につつむ衾哉

水仙に緞子は晴れの衾哉

土堤一里常盤木もなしに冬木立

寒月やから掘端のうどん売

絵にかくや昔男の節季候

水仙は屋根の上なり煤払

寐て聞くやぺたりぺたりと餅の音

餅搗や小首かたげし鶏の面

衣脱だ帝もあるに火燵

勢ひやひしめく江戸の年の市

是見よと松提げ帰る年の市

行年や刹那を急ぐ水の音

年忘れ腹は中 々切りにくき

白馬遅 々たり冬の日薄き砂堤

山陰に熊笹寒し水の音

初冬や竹切る山の鉈の音

冬枯れて山の一角竹青し

冬木立寺に蛇骨を伝へけり

碧潭に木の葉の沈む寒さ

岩にただ果敢なき蠣の思ひ哉

炭竃に葛這ひ上る枯れながら

一時雨此山門に偈をかかん

五六寸去年と今年の落葉

水仙白く古道顔色を照らしけり