和歌と俳句

夏目漱石

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僧に似たるが宿り合せぬ雪今宵

雪ちらちら峠にかかる合羽かな

払へども払へどもわが袖の雪

かたかりき鞋喰ひ込む足袋の股

隧道の口に大なる氷柱かな

吹きまくる雪の下なり日田の町

炭を積む馬の背に降る雪まだら

漸くにまた起きあがる吹雪かな

詩僧死してただ凩の里なりき

莚帆の早瀬を上る かな

奔湍に霰ふり込む根笹かな

新道は一直線の寒さかな

棒鼻より三里と答ふ吹雪哉

なつかしむ衾に聞くや馬の鈴

餅搗や明星光る杵の先

染め直す古服もなし年の暮

やかましき姑健なり年の暮

ニッケルの時計とまりぬ寒き夜半

石打てばかららんと鳴る

べんべらを一枚着たる寒さかな

寄り添へば冷たき瀬戸の火鉢かな

善か悪か風呂吹を喰つて合点せよ

何の故に恐縮したる生海鼠

空狭き都に住むや神無月

凩の下にゐろとも吹かぬなり

凩や吹き静まつて喪の車

熊の皮の頭巾ゆゆしき警護かな

ほきとをる下駄の歯形や霜柱

山賊の顔のみ明かき榾火かな

花売に寒し真珠の耳飾

三階に独り寐に行く寒かな

雨ともならず唯 の吹き募る

小夜時雨眠るなかれと鐘を漬く

初時雨故人の像を拝しけり

ただ寒し封を開けば影法師

冬籠り染井の墓地を控へけり

春を待つ下宿の人や書一巻

川ありて遂に渡れぬ枯野かな

法螺の音の何処より来る枯野哉

わが影の吹かれて長き枯野哉

俊寛と共に吹かるる千鳥かな

風流の昔恋しき紙衣かな

生残るわれ恥かしや鬢の霜

杉木立寺を蔵して時雨けり

豆腐焼く串にはらはら時雨哉

内陣に佛の光る

水仙や早稲田の師走三十日

風呂吹きや頭の丸き影二つ