和歌と俳句

夏目漱石

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冬籠り黄表紙あるは赤表紙

禅寺や丹田からき納豆汁

東西南北より吹雪哉

家も捨て世も捨てけるに吹雪哉

山寺に太刀を頂く時雨

塚一つ大根畠の広さ哉

雪の日や火燵をすべる土佐日記

埋火や南京茶碗塩煎餅

埋火に鼠の糞の落ちにけり

暁の埋火消ゆる寒さ

門閉じぬ客なき寺の冬構

冬籠米搗く音の幽かなり

砂浜や心元なき冬構

銅瓶に菊枯るる夜の寒哉

五つ紋それはいかめし桐火桶

冷たくてやがて恐ろし瀬戸火鉢

親展の状燃え上る火鉢

黙然と火鉢の灰をならしけり

なき母の湯婆やさめて十二年

湯婆とは倅のつけし名なるべし

風吹くや下京辺の綿帽子

清水や石段上る綿帽子

綿帽子面は成程白からず

炉開きや仏間に隣る四畳半

炉開きに道也の釜を贈りけり

口切や南天の実の赤き頃

口切にこはけしからぬ放屁哉

吾妹子を客に口切る夕哉

花嫁の喰はぬといひし亥の子哉

到来の亥の子を見れば黄な粉なり

水臭し時雨に濡れし亥の子餅

枯ながら蔦の氷れる岩哉

湖は氷の上の焚火

筆の毛の水一滴を氷りけり

井戸縄の氷りて切れし朝哉

水仙の葉はつれなくも氷哉

に牛怒りたる縄手哉

冬ざれや青きもの只菜大根

山路来て馬やり過す小春

橋朽ちて冬川枯るる月夜哉

蒲殿の愈悲し枯尾花

凩や冠者の墓撲つ落松葉

山寺や冬の日残る海の上

古池や首塚ありて時雨ふる

穴蛇の穴を出でたる小春

空木の根あらはなり冬の川

納豆を檀家へ配る師走

からつくや風に吹かれし納豆売

榾の火や昨日碓氷を越え申した

梁山泊毛脛の多き榾火哉