和歌と俳句

石田波郷

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穂草波橋は坂なし叉坂なす

穂草波鐵より赤き馬繋ぐ

を手ぐさの松山訛のみならず

稗多き稲田月夜ぞ酒汲まむ

墓に菊碧落の鵙はやあらず

女来て墓洗ひ去るまでの鵙

末枯や吊革を手に騙しをり

柚味噌焦がしてわれら甦りつつあるか

うそ寒きラヂオや麺麭を焦がしけり

焼跡のぞと何を恋ふるかな

引落とす糸瓜にも思ふ我家慾し

雨風の糸瓜の水も流されぬ

鶏頭を嘆かず人をまた恃まず

捧ぐ少女に墓は燃立つか

焼工場夜雲五倍す稲妻

稲妻に子の寝し家を出て歩く

稲妻す妻の来し方我行く方

露けしや父母訪ふ金をまた貯めむ

露の蟲急ぐばかりに人駈出す

妻寄れば昼のいとどに跳ばれけり

秋蚊帳の底ひに何も齎さず

稲妻のほしいままなり明日あるなり

搖動くなど金を得るほかなし

垂るる胸算用をたたみ出づ

萩叢や酒あり合はす夜の雨

乙女さやか野分の供華をかきいだき

硝子戸に焼跡ゆがむ野分かな

野分の戸妻に追はるる如くなり

や草田男を訪ふ病波郷

草田男の日曜の胸白き

法師蝉自転車やすやす近づき来

熱さめてをり古郷忌の蟲の中

やながき話の苦の世界

さんさん女の寫眞預かれば

けさ秋風焦土の民らただ急ぐ

かなかなの森出づ流れ何の香ぞ

焼跡の煙草の花を隠すなし

熱の口あけて見てをり秋の暮

いとど赤しほのぼの熱の上るとき

病み臥して鶏頭恃むことをせんや

月明の水吃々とさざめきぬ

君たちの戀句ばかりの夜の

冷まじき激流を詠み来しは誰ぞ