和歌と俳句

石田波郷

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翠菊や今日を妻来し故しらず

甕満つるまで桔梗買ふ病廊に

独座永し桔梗五瓣の尖まで濃く

療園の風やや荒ぶ星祭

子猫駈けて霧の病廊なほ醒めず

夕懈き静臥のあとの走馬燈

葡萄まろばせ患者手飼の尾長鳥

白露や切株にあるくさび痕

朝顔やひとりめざめて老患者

ねむき一日さめし一日や法師蝉

法師蝉働き者の患者あり

ガーベラの萎れて患者自治会なり

萩叢の女も術後肩曲げゆく

こほろぎや癒たしかなる朝の飢

山鳩の迎へ音の歩行標

秋もはた露荒涼と竹煮草

露の夜の外気舎の灯のバーベキュー

落す男来女来われも行く

ちるや鳩降り尾長鳥つづき

樹下賑やか秋の彼岸の見舞客

看護婦のしりへに患者拾ひ

てのひらに柴栗妻がのこしけり

病廊の後からも黄菊白菊来

立秋や仰臥の額に女郎花

葡萄口に飽かずはこびて癒えそめぬ

病室を風ほしいまま盆太鼓

露の樹の一葉もゆれず敗戦日

野踏み来て刀自が賜ひぬ吾亦紅

胸廓押せば手箱の如し法師蝉

患者らに妻もまじれり西瓜食ふ

新涼や臥言につづく深睡り

患者らの横臥すままの遠花火

患者らの灯はやし法師蝉

亡き友を夢みて仰ぐ露の鳥

夢の妻やや冷やかに露の虫

古郷忌や増えきはまりし法師蝉

病室巡業して来たりけり走馬燈

団栗も落つべくなりぬ退所せん

唐辛子色変へぬ間に癒え給へ

試歩道の大倒れ木や颱風過

林出ればチャタレーの森曼珠沙華

糸瓜描く安静あけの一患者

宵過ぎて立待の暈ひろがりぬ

主治医出勤白衣の膝に通草提げ

の森息も切らさず歩きたし

看護婦の声こそひびけ拾ひ

筆柿を看護婦も買ふわが後に

妻の来る予感外れて秋の暮

倒れ木に群がる蜂や颱風過