和歌と俳句

石田波郷

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草の穂の飛びきて熱き顔の前

昼出でていとどが赤し熱の中

食ふや遠くかなしき母の顔

血を喀いてきく顔をかなしむや

鶏頭

よ子よわれ咳をとどめ得ず

秋立つも声音震動せず右季肋部

たはやすく過ぎしにあらず夏百日

桔梗や男も汚れてはならず

の中わが医師ゆけり點頭す

妻ゆきししづまりぬ道を閉ぢぬ

古郷忌の病患を襲ぎ臥せるかも

歳月や亡師さながら芙蓉に病む

名月や格子あるかに療養所

窓も狭に良夜の患者立ち群れつ

今日の月わがラッセルをききすます

蟲の樂遠木菟は臺詞めく

秀野忌や新免夫妻珠のごと

野分あと子等の許なる妻を戀ふ

の朝肋あはれにかき抱く

朝焼やベッドを下りて糞まる間

燦々胸に手組めり祈るごと

金のはるかなる母の祷りをり

一夜寝て白光の外科個室

燦々腋をあらはに剃られをり

花圃に水汲める見てをり手術前

饑冴えて花圃の花々ひた紅し

担送車に見しは鶏頭他おぼえず

冷じき黄裸なるとき孤りなり

遠し肢を緊縛されつつをり

意識裡に医師爽かに笑ひをり

たばしるや叫喚す胸形変

秋の暮幾人かわれを目守りゐき

秋の暮水原先生もそこにゐき

鮮烈なるダリヤを挿せり手術以後

鰯雲ひろがりひろがり創痛む

麻薬うてば十三夜月遁走す

痰はきて静まる喉や遠し

七夜経て露の青槇日浴びそむ

流れきて露のピアノの音肋打つ

秋の暮洩罎泉のこゑをなす

力つくして山越えし夢露か霜か

露に起てば胸の重さよ生くる限り

黄葉との間に雨降り麺麭焼けり

黄葉はげし陰をも拭かれゐたりけり

黄葉はげし乏しき金を費ひをり

咳き呆けぬ柚味噌の箸をもちながら

マルメロ享けぬ二次成形を告げられて

マルメロをつかめる五指の曲折よ

マルメロを支ふる左胸の上

マルメロの量感二次成形もただ堪へむ

よ遠母に再た手術すと告げ得むや