和歌と俳句

高浜虚子

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残したる任地の墓に参りけり

墓の道狭められたる参りけり

家建ちて厨あらはや墓参り

夏木やや衰へたれど残暑かな

秋の山首をうしろに仰ぎけり

鰯雲日和いよいよ定まりぬ

暖かき茶をふくみつつ萩の雨

長待ちの川蒸気やな秋の雨

大寺の戸樋を仰ぎぬ秋の雨

燭を継ぐ孫弟子もある子規忌かな

その後の日月蝕す幾秋ぞ

帯結ぶ肱にさはりて秋簾

駈けり来し大烏蝶曼珠沙華

藤袴吾亦紅など名にめでつ

秋風に噴水の色なかりけり

見失ひ又見失ふ秋の蝶

新聞をほどけば月の芒かな

のやど仏のともしかんがりと

弓少し張りうぎてあり鳥威し

客稀に葭簀繕ふ茶屋主

剥げと出されし庖丁大きけれ

機織虫の鳴り響きつつ飛びにけり

目にて書く大いなる文字秋の空

菊車よろけ傾き立ち直り

老の耳ちる音を聞き澄ます

土の香は遠くの草を刈つてをり

木の股の抱ける暗さや秋の風

鈴虫を聴く庭下駄を揃へあり

苔の道辷りしあとや墓まゐり

朝顔の鉢を置きたる墓の前

町中に少し入りこみの寺

悲しさはいつも酒気ある夜学の師

だしぬけに吹きたる風も野分めき

わが前の畳に黒し秋の蠅

大いなる団扇出てゐる残暑かな

握り見て心に応ふ稲穂かな

子規墓参それより月の俳句会

わが墓参済むを静かに待てる人

つばくろの飛び迷ひ居り霧の中

玉蜀黍を二人互ひに土産かな

茄子畠は紺一色や秋の風

新米の其一粒の光かな

新米を二粒づつや神の前

到来の柿庭の取りまぜて

けふの日も早や夕暮や破芭蕉

つぎつぎに廻り出でたる木の実独楽

黄葉して隠れ現る零余子蔓