和歌と俳句

新古今和歌集

哀傷

紫式部
誰か世にながらへて見む書きとめし跡は消えせぬ形見なれども

返し 加賀少納言
亡き人をしのぶることもいつまでぞ今日のあはれは明日のわが身を

律師慶暹
亡き人の跡をだにとて来てみればあらぬさまにもなりにけるかな

紫式部
見し人の煙になりしゆふべより名ぞむつまじき鹽竈のうら

辨乳母
あはれ君いかなる野邊の煙にてむなしき空の雲となりけむ

返し 源三位
思へ君もえしけぶりにまがひなでたちおくれたる春の霞を

能因法師
あはれ人けふのいのちを知らませば難波の葦に契らざらまし

大江匡衡朝臣
夜もすがら昔のことを見つるかな語るやうつつありし世や夢

新少将
うつりけむ昔の影やのこるとて見るにおもひのます鏡かな

按察使公通
書きとむる言の葉のみぞみづぐきの流れてとまる形見なりける

中院右大臣
有栖川おなじながれはかはらねど見しや昔のかげぞ忘れぬ

皇太后宮大夫俊成
かぎりなきおもひのほどの夢のうちはおどろかさじと歎きこしかな

摂政太政大臣良経
見し夢にやがてまぎれぬわが身こそ問はるる今日もまづ悲しけれ

藤原清輔朝臣
世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空は煙なりけり

西行法師
いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人の過ぐらむ

前大僧正慈円
皆人の知りがほにして知らぬかな必ず死ぬるならひありとは

前大僧正慈円
きのふ見し人はいかにと驚けどなほながき夜の夢にぞありける

前大僧正慈円
蓬生にいつか置くべき露の身は今日のゆふぐれ明日のあけぼの

前大僧正慈円
我もいつぞあらましかばと見し人を忍ぶとすれどいとど添ひ行く

寂蓮法師
尋ね来ていかにあはれとながむらむ跡なき山の峯の白雲