和歌と俳句

西行

山里は庭の木末の音までも世をすさみたるけしきなるかな

浦島のこは何物と人問はば開けてかひある箱と答へよ

夜の鶴の都のうちを出てあれなこの思ひにはまどはざらまし

雲の上や古き都になりにける澄むらむ月の影はかはらで

露しげき浅茅茂れる野になりてありし都は見し心地せぬ

新古今集・雑歌
これや見し昔住みけむ宿ならむ蓬が露に月の宿れる

月すみし宿も昔の宿ならでわが身もあらぬわが身なりけり

旅寝する嶺のあらしに伝ひ来てあはれなりつる鐘の音かな

めぐり逢はで雲のよそにはなりぬとも月になれゆくむつびわするな

涙をば衣川にぞ流しける古き都を思ひ出でつつ

名におひて紅葉の色の深き山を心に染むる秋にもあるかな

津の国の長柄の橋のかたもなし名はとどまりて聞わたれども

新古今集・離別
頼めおかむ君も心やなぐさむと帰らんことはいつとなくとも

新古今集・羇旅
年たけて又越ゆべしとおもひきや命なりけり佐夜の中山

霧深きけふの渡りの渡し守岸の舟着き思ひ定めよ

新古今集・雑歌
いかがせん世にあらばやは世をもすててあな憂の世やとさらに思はむ

花を惜しむ心の色のにほひをば子を思ふ親の袖に重ねん

折につけて人の心のかはりつつ世にあるかひも渚なりけり

撫子のませにぞ這へるあこだ瓜おなじつらなる名をしたひつつ

かつみ葺く熊野まゐりの泊りをばこもくろめとやいふべかるらん

とだえせでいつまで人の通ひけんあらしぞ渡る谷の梯

常磐なるみ山に深くいりにしを花咲きなばと思ひけるかな

現はさぬわが心をぞ恨むべき月やはうとき姨捨の山

新古今集・雑歌
山里にうき世いとはむ友もがな悔しく過ぎしむかし語らむ

新古今集・雑歌
山里は人来させじと思はねどとはるることぞ疎くなりゆく

新古今集・雑歌
むかし見し庭の小松に年ふりてあらしのおとを梢にぞ聞く

世を出でて谷に住みけるうれしさは古巣に残る鶯の声

新古今集・雑歌
いづくにも住まれずはただ住まであらむ柴の庵のしばしなる世に

新古今集・哀傷
いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人の過ぐらむ

石上古きをしたふ世なりせば荒れたる宿に人住みなまし