和歌と俳句

新古今和歌集

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恋一

前大僧正慈圓
わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風さわぐなり

摂政太政大臣良経
空蝉の鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人のとふまで

寂蓮法師
おもひあれば袖に蛍をつつみてもいはばやものをとふ人はなし

後鳥羽院御歌
思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮のそら

式子内親王
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

式子内親王
忘れてはうち歎かるるゆふべかなわれのみ知りて過ぐる月日を

式子内親王
わが恋は知る人もなしせく床の涙もらすな黄楊の小まくら

入道前関白太政大臣基房
忍ぶるにこころの隙はなけれどもなほもるものは涙なりけり

謙徳公
つらけれど恨みむとはたおもほえずなほ行くさきを頼む心に

返し よみ人しらず
雨こそは頼まばもらめ頼まずは思はぬ人と見てをやみなむ

紀貫之
風吹けばとはに波こす磯なれやわが衣手の乾く時なき

道信朝臣
須磨の蜑の浪かけ衣よそにのみ聞くはわが身になりにけるかな

三條院女蔵人左近
沼ごとに袖ぞ濡れけるあやめ草こころに似たるねを求むとて

前大納言公任
時鳥いつかと待ちし菖蒲草今日はいかなるねにか鳴くべき

返し 馬内侍
さみだれはそらおぼれする時鳥ときになく音は人もとがめず

法成寺入道前摂政太政大臣道長
時鳥こゑをば聞けど花の枝にまだふみなれぬものをこそ思へ

返し 馬内侍
時鳥しのぶるものをかしはぎのもりても聲の聞こえけるかな

馬内侍
心のみ空になりつつほととぎす人だのめなる音こそなかるれ

伊勢
熊野の浦よりをちに漕ぐ舟のわれをばよそに隔てつるかな

伊勢
難波潟みじかき葦のふしのまもあはでこの世を過ぐしてよとや