和歌と俳句

藤原良経

こほりゐる 志賀の浦ふく 春風の うちとけてだに 人を恋ひばや

しらくもの たなびく空に ふく風の 思ひたえなむ はてぞ悲しき

君があたり わきてと思ふ 時しもあれ そこはかとなき ゆふぐれの空

あきはをし ちぎりはまたる とにかくに 心にかかる くれの空かな

新古今集
いそのかみ ふるの神杉 ふりぬれど 色には出でず 露も時雨も

しられても いとはれぬべき 身ならずば 名をさへ人に つつむべしやは

ひとりぬる 夜半の衣を 吹き返し さてもあらしは 見せぬ夢かな

ひとりねの まくらにむしは やどりけり おのがこゑより 露をしかせて

ひるはよる よるはひるなる 思ひかな 涙にくらし 床におきゐて

君にわが うとくなりにし その日より 袖にしたしき 月の影かな

うきふねの たよりもしらぬ 波路にも 見しおもかげの たたぬ日ぞなき

とふ人は しのぶなかとや 思ふらむ こたへかねたる 袖のけしきを

高瀬舟 ほのみしまへに こぎかへり あしまのみちの なほやさはらむ

あかつきの 霧のまよひに たちわかれ 消えぬる身とも しらせてしがな

ふく風も ものや思ふと とひかほに うちながむれば 松のひとこゑ

すさまじく とこもまくらも なりはてて いくよありあけの 月をやどしつ

ものおもふ ただひとりねの さむしろに あたりの塵よ いくよつもりぬ

おもひねの 夢になぐさむ 程ばかり 枕の露の 夜半のむら消え

よせかへる あらいそなみの しきなみに 間なく時なく ぬるる袖かな

涙せく 袖におもひや あまるらむ ながむる空も 色かはるまで

夕暮の 雲のはたての 空にのみ うきてものおもふ はてをしらばや

とめこかし 君まつ風の かひなくば ものおもふやどの 花のをりをり

おちたぎつ 河瀬のなみの 岩こえて せきあへぬ袖の はてをしらばや

しのぶこと おもはざるらむ 難波女の すくも焚く火も 下ぞ焦がるる

それはなほ 夢のなごりも ながめけり 雨のゆふべも 雲のあしたも

やまのゐに むすびもはてぬ 契かな あかぬしづくに かづきゆる沫

うぐひすの こほれるなみだ とけぬれど なほわが袖の むすぼほれつつ

新古今集
草ふかき 夏野わけ行く さを鹿の 音をこそ立てね 露ぞこぼるる

せく袖に 涙のいろや あまるらむ ながむるままの 萩のうへの露

あし鴨の はらふつばさに おく霜の 消えかへりても いくよへぬらむ

もりあかす 水のしらたま 岩こえて たゆむもしらぬ 袖のうへかな

うつの山 うつつかなしき 道たえて 夢にみやこの 人は忘れず

新古今集
やまがつの あさの狭衣 さをあらみ あはで月日や すぎふけるいほ

すゑまでと 契りてとはぬ ふるさとに むかしがたりの 松風ぞ吹く

待てとしも 頼めぬ磯の かぢまくら 虫明の波の 寝ぬ夜とひぬる

わが恋や このよをせきと 鈴鹿山 すずろに袖の かくはしをれし

うち忘れ もにすむ虫は よそにして 須磨のあまりに うらみかけつる

初瀬川 ゐでこす波の 岩のうへに おのれくだけて 人ぞ恋ひしき

こぬ人を まつよながらの 軒の雨に 月をよそにて わびつつや寝む

荻原や よそにききこし 秋の風 もの思ふ暮は わが身ひとつに

しばしこそ こぬよあまたと かぞへても 猶やまのはの 月を待ちしか

初瀬川 なびく玉藻の 下みだれ くるしや心 みかくれてのみ

新古今集
わくらばに 待ちつる宵も ふけにけり さやは契りし 山の端の月

せきかへす 袖のしたみづ したにのみ むせぶ思ひの やるかたぞなき

わくらばの 風のつてにも しらせばや 思ひをすまの あかつきの夢

須磨のあまの もしほの煙 たちまちに むせぶ思ひを とふ人のなき

新古今集
難波人 いかなる江にか 朽ちはてむ 逢ふことなみに みをつくしつつ

新古今集
空蝉の 鳴く音やよそに もりの露 ほしあへぬ袖を 人のとふまで

ひきかへて あだし心の 末の松 まつよのはては 波ぞ越しぬる

まちわびぬ こよひもさてや 山科の こはたの峰の をちの白雲

もらしわび こほりまとへる 谷川の 汲む人なしに ゆきなやみつつ