和歌と俳句

藤原良経

立ちそむる 雲居の春は 諸人の 袖をつらぬる 庭にみえけり

春日野の 小松に雪を ひきそへて かつがつ千代の 花さきにけり

ながめやる とほざと小野は ほのかにて 霞にのこる 松の風かな

春の日の のどかにかすむ こづゑより うちとけそむる 鶯のこゑ

いく春の 今日のまつりを 三笠山 みねのあさひの 末もはるかに

梅の花 にほふ野辺にて 今日くれぬ やどのこずゑを 誰たづぬらむ

霜枯れし はらのの沢の 浅みどり 駒もこころは 春にそめけり

おしなべて 雲にきはなき 花盛り いづくもおなじ み吉野の山

よろづよの 春しりそむる 藤の花 やどはくもゐと 見するなりけり

けふよりは 千代はかさねむ 始めとて まづひとへなる 夏衣かな

けふみれば 賀茂のみあれに 葵草 ひとのかみにも かけてけるかな

早苗とる 田子の心は しらねども そよぎし秋の 風ぞまたるる

おもひしれ 有明方の ほととぎす さこそは誰も あかぬなごりは

風吹けば 夜半の枕に かはすなり 軒のあやめの おなじにほひを

ませのうちに 君が種まく 常夏の 花の盛りを みるぞうれしき

やまかげや いづる清水の さざなみに 秋をよすなる 楢の下風

涼みにと わけいる道は 夏深し 裾野につづく 森の下草

夏の日を かねて禊に すつるかな あすこそ秋の はじめとおもふに

夕されば 野山のけしき いかならむ 秋風たちぬ 庭の荻原

秋の野の ちぐさの色を わがやどに 心よりこそ うつしそめつれ

春日山 松のあらしに こゑそへて 鹿も千歳の 秋と告ぐなり

雲はるる みそらや池に うつるらむ 水底よりも 月はいでけり

あづまより けふ逢坂の 関こえて みやこにいづる 望月の駒

山田守る 賎がいほりに おとづれて 稲葉にやどる 秋の夕風

君が代に にほふ山路の 白菊は いくたび露の ぬれてほすらむ

秋霧の はれゆくままに 色みえて 風も木の葉を 染むるなりけり

ほのぼのと 明石の浦を 見渡せば 霧のたえまに 沖つ白波

とも千鳥 沖の小島に うつるなり 岸の松風 夜寒なるらし

もみぢ葉を みやこの人の こころまで 日を経てよする 瀬々の網代木

難波潟 葦は枯葉に なりにけり 霜をかさぬる 鶴のけごろも

小夜更けて とよのあかりの もろ人の 乙女むかふる 雲の通ひ路

みたらしの 川辺にさよは ふけにけり たちまふ袖に 霜さゆるまで

けふくれぬ あすもかりこむ 宇陀の原 枯野の下に きぎす鳴くなり

雲の上に 神も心や はれぬらむ 月さゆる夜の あかほしのこゑ

ながめやる 心のみちも たどりけり ちさとのほかの 雪のあけぼの

千代ふべき 松さへ山を いでにけり 春をいとなむ しづにひかれて

夏草の 風にみだるる 夕ぐれは 秋のみ深き おほあらきの森

池水に 冴ゆる光を たよりにて 氷は月の むすぶなりけり

春霞 しのに衣を おりはへて いくかほすらむ 天の香久山

み吉野は 草のはつかに 浅みどり たかねのみ雪 いまや消ゆらむ

おいらくの けふこむみちは 残さなむ ちりかひくもる 花の白雪

かざしをる 人やたのめし ほととぎす 三輪の檜原に 来つつなくなり

小山田に ひくしめなはの うちはへて 朽ちやしぬらむ 五月雨のころ

紀の国や 吹上の浜に 寄る波の よるべ涼しき 磯枕かな

さを鹿の いるのの秋の 下露に たれつまこめて 草むすぶらむ

この頃は あきつしま人 時をえて 君がひかりの 月をみるかな

山こゆる 雁のつばさに 霜おきて 四方のこずゑは 色づきにけり

浜千鳥 あとふみつけよ いもが紐 ゆふはかはらの わすれがたみに

続後撰集
初瀬女の しらゆふ花は おちもこず にせける 山川の水

ふりにける ともとやこれを ながむらむ 雪つもりにし こしのしらやま

光そふ くもゐの月を 三笠山 千代のはじめは ことしのみかは

よろづよの 月をば秋の 光にて 絶えぬ契は くもゐにぞみる

わが袖に 軒端の梅の 香をとめよ 花はいくよも 春ぞにほはむ

千代までと 契る心や 通ふらむ 松にこたふる 風のおとづれ

春くれば いまひとしほの みどりこそ かはらぬ松の かはるなりけれ

くもりなき 千代の光は 春日山 松よりいづる 朝日なりけり

それもなほ 千代のかぎりの ありければ 松だにしらぬ 君が御代かな

霜八たび 置けど変はらぬ 松もなほ 君が御代にや 生ひかはるべき

みやまより 松のはわけて いづる月 千代にかはらぬ 光なりけり

千代八千代 年なみこゆる 末の松 朽ちかはるとも 君はときはに

おのづから をさまれる世や きこゆらむ はかなくすさぶ 山人のうた

神風や みもすそ川の 流れこそ 月日とともに 澄むべかりけれ

つたへこし 古きながれの 池水に なほ千代までと 松風ぞふく

君が代の しるしとこれを 宮川の 岸のすぎむら 色もかはらず

神風や みもすそ川に ちぎりおきし ながれのすゑぞ 北の藤浪

庭の石も 岩となるべき 君が代に 生ひそふ松の 種ぞこもれる

高砂の 松をともとて なく千鳥 君が八千代の こゑやそふらむ

春日山 みやこの南 鹿ぞおもふ 北の藤浪 春にあへとは

春といへば やへたつ霞 かさねても いくよろづ代を 空にこむらむ

松風に けふより秋を ちぎりおきて 月にすむべき 和歌の浦人

民の戸も 神のめぐみに うるふらし みやこの南 みやゐせしより

おしなべて このめも春の 浅みどり 松にぞ千代の 色はみえける