和歌と俳句

藤原良経

哀傷

くやしくぞ つきにふくよの 松風を やどのものとも ながめきにける

山里は 袖の紅葉の 色ぞ濃き むかしをこふる 秋の涙に

よそに思ふ わが袂には 猶しかじ 君がしぐれの 色はみねども

まれにきて むかしの跡を たづぬれば しらぬ松にも 風むせぶなり

ならべこし よはの枕も 夢なれや 苔の下にぞ はては朽ちぬる

かぎりなき 思ひの程の 夢のうちは おどろかさじと なげきこしかな

みし夢に やがてまぎれぬ わが身こそ とはるるけふも まづ悲しけれ

無常

みし夢の 春のわかれの かなしきは ながきねぶりの さむときくまで

とへかしな かげをならべて むかしみし 人もなきよの 月はいかにと

いにしへの かげなきやどに すむ月は こころをやりて とふとしらずや

こぞのけふ 花の下にて 露きえし 人のなごりの はてぞ悲しき

花の下の しづくにきえし 春はきて あはれむかしに ふりまさる人

春霞 かすみし空の なごりさへ けふをかぎりの わかれなりけり

わかれにし 身のゆふぐれに 雲きえて なべての春は うらみはててき

人のいふ 秋のあはれは ぬしもなき この山寺の ゆふぐれの空

ぬしありし むかしの秋は みしものを あれたるやどと きくぞ悲しき

きえはてし いくよの人の 跡ならむ 空にたなびく 雲も霞も

後の世は あすともしらぬ 夢のうちを うつつかほにて あけくらすかな

鳥辺山 おほくの人の 煙たち 消えゆくすゑは ひとつ白雲

神祇

新古今集・神祇
神風や みもすそ川の そのかみに 契りしことの 末をたがふな

露みがく たまぐしの葉の たまゆらも かけし頼みの 忘れやはする

いせしまや しほひもしらず 袖ぬれて 生けるかひなき 世にもふるかな

けふとへば 春のしるしを 宮川の 岸のすぎむら 色かはるなり

あらたまの 年や神代に かへるらむ みもすそ川の 春の初風

やはらぐる 光にしるし 春の日の めぐみに花は さくよなりけり

三笠山 わがよをまつの かげにゐて よそにすぐさむ 五月雨のころ

たのもしな 佐保の川風 神さびて みぎはの千鳥 やちよとぞなく

いにしへの つるのはやしに 散る花の にほひをよする 志賀の浦風

あさひさす そなたの空の 光こそ やまかげ照らす あるじなりけれ

みちをかへて この世にあとを たるるかな をはりむかへむ むらさきの雲

かれはつる こずゑに花も 咲きぬべし 神のめぐみの 春の初風

ここにまた 光をわけて やどすかな 越の白ねや 雪のふるさと

このもとに うき世を照らす 光こそ くらき道にも ありあけの月

みな人に つひにしたがふ ちかひより あまねくにほふ 法の花かな

天の戸を おしあけがたの 雲間より 神代の月の 影ぞ残れる

釈教

朝ごとに 鏡のうへに みるかげの むなしかりける 世にやどるかな

さまざまに 生まれきける よよもみな おなし月こそ むねにすみけれ

春の夜の けぶりにきえて 月影の 残るすがたも よを照らしけり

ふりつもる 雪にたわまぬ 松が枝の こころつよくも 春を待つかな

日をへつつ すがくささがに ひとすぢに いとなみくらす はてをしらばや

たねしあれば 仏のみとも なりぬべし 岩にも松は 生ひけるものを

岸にいたる 風のしるべを 思ふかな 苦しき海に ふなよそひして

秋ふかく なりはてにける みやまかな 花みし枝に このは色づく

過ぎきける よよにや罪を 重ねけむ 報ひ悲しき きのふけふかな

すゑの露 もとの雫を ひとつぞと 思ひはてても 袖はぬれけり

ひとりのみ 苦しき海を 渡るとや そこをさとらぬ 人はみるらむ

ねがはくは 心の月を あらはして 鷲のみ山の あとを照らさむ

草木まで 心あるべし 法の庭 花たてまつる 春の山風

よぶこ鳥 うきよの人を さそひいでよ 秘符おしむさむ しゆい仏道

西を思ふ 心のいとど 涼しきは そなたより吹く 秋の初風

吹き返す ころものうらの 秋風に けふしも玉を かくる白露

旅の夜に まよふもろ人 こよひこそ いでしみやこの 月を見るらめ

濁る江に 法の流れの 道を得て 人をぞ渡す しらかはの里

つひにわが 願ふすみかは 極楽の はち功徳池の はちすなりけり

この世より はちすの糸に むすぼほれ 西に心の ひくわが身かな