四方の海風ものどかになりぬなり波のいくへに春の立つらむ
春日野の若菜は袖にたまれども猶ふる雪を打ち拂ひつつ
唐崎や春のさざなみうちとけて霞を流す志賀の山風
新勅撰集・春
難波津に咲くやむかしの梅のはな今も春なる浦風ぞ吹く
春のいろは花ともいはじ霞より零れて匂ふ鶯のこゑ
春風に柳やきしを拂ふらむ波にかたよる池のをしどり
澤にすむ鶴のこころもあくがれぬ春は雲路のうちかすみつつ
春はただ朧月夜と見るべきを雪にくまなき越の白山
今はとて山とびこゆる雁がねの涙つゆけき花の上かな
初瀬山をのへの鐘の明け方に花よりしらむ横雲の空
またも来む花にくらせるふるさとの木の間の月に風かをるなり
おもかげに紅葉の秋の立田山ながるる花も錦なりけり
かをるなり吉野の瀧の雲の波その水上を花の澪にて
みるままに花も霞も無かりけり春をおくるは峰の松風
春やいま逢坂こえて帰るらむ夕つげ鳥の一聲ぞする
山の端も霞の衣なれなれて一夜の風にたち別るなり
夏の夜も闇はあやなし橘をながめぬ空に風かをるなり
卯の花をおのが月夜と思ひけり聲もくもらぬほととぎすかな
雨はるる軒の雫に影みえてあやめにすがる夏の夜の月
名残までしばしきけとやほととぎす松のあらしに鳴き過ぐなり