おしなべて今朝は霞の敷嶋や大和もろびと春を知るらし
落ちたぎつ岩間うちいづる初瀬川はつはるかぜや氷とくらむ
吉野山雪ちる里もしかすがに真木の葉しのぎ春風ぞ吹く
時しもあれ春の七日の初子の日若菜つむ野に松をひくかな
鶯の羽根しろたへに降る雪を打ち拂ふにも梅の香ぞする
妻こふるきぎすなく野の下蕨したに萌えても折を知るかな
野も山も同じみどりに染めてけり霞よりふる木の芽春雨
わたのはら雲に雁がね波に舟かすみてかへる春のあけぼの
津の国の難波の春の朝ぼらけ霞も波も果てを知らばや
更科や姨捨山のうす霞かすめる月に秋ぞ残れる
山櫻いまか咲くらむ陽炎の燃ゆる春べに降れる白雪
誰をけふ待つとはなくて山かげや花の雫に立ちぞ濡れぬる
春風は花と松とに吹きかへて散るも散らぬも身にしまずやは
葦鴨の下の氷は解けにしを上毛に花の雪ぞふりしく
櫻花うつろはむとや山の端のうすくれなゐに今朝はかすめる
明けはてば恋ひしかるべき名残かな花のかげ洩るあたら夜の月
うち眺め春の彌生の短夜を寝もせでひとり明かすころかな
初瀬山花に春風ふきはてて雲なき峰に有明の月
花散りて木のもとうとくなるままに遠ざかり行く袖の移り香
手にむすぶ石井の水のあかでのみ春にわかるる志賀の山越え