吉野山なをしらゆきのふるさとは去年とやいはむ春のあけぼの
年暮れしくもゐの雪けはれそめてたえだえ青きしののめの空
動きなき山のいはねはこたへねど春をそへくる雪のした水
このころは谷の杉むら雪さえてかすみもしらぬ春のやま風
ちさとまでけしきにこむるかすみにもひとり春なき越の白山
雪は残り花もにほはぬ山里にひとり春なるうぐひすのこゑ
逢坂の杉のこかげに宿かりて関路にとまる去年の白雪
春やとき軒端の梅に雪さえてけふまで花の枝にこもれる
春風の吹きにし日よりみ吉野の雪間の草ぞ色まさりゆく
あたらよのながめし花に風ふけば月を残してはるる白雲
ながめこし沖つなみまのはまひさきひさしく見せぬ春霞かな
けふもまた桜に宿をかり衣きつつなれゆく春の山かぜ
雪折れの松を春風ふくからにまづうちとくるうぐひすのこゑ
みやこ人けふのためにとしめし野に朝露はらひ若菜をぞつむ
折る袖の露の香ごとにかけ見れば有明の月も梅の香ぞする
重ぬべきかすみの袖もただひとへいかにやとらむ山の夕かげ
花にあかぬ名残りを思ふ春の日の心もしらぬ鐘の音かな
岩戸あけし神よも今の心ちしてほのかにかすむ天の香具山
朝あらしに峰たつ雲の晴れぬれば花をぞ花とみ吉野の山
みやこには霞のよそにながむらむけふ見るみねの花の白雲
ほどもなく枯野の原を焼きしより春の若草もえかはるなり
雪をつる朧月夜に窓をあけて衣手さむき春風ぞふく
霜きえてうちいづる浪やこたふらむ霞める山のあかつきの鐘
ねぬる夜の 程なき夢ぞ しられぬる 春の桜に のこるともし火
千載集・春
ながむればかすめる空の浮雲とひとつになりぬ帰る雁がね
むらさきの庭ものどかにかすむ日の光ともなふ鶯のこゑ